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第75話 母の見舞いと疑念①

Auteur: 花柳響
last update Dernière mise à jour: 2026-01-19 18:00:32

 病院特有の、鼻の奥をツンと刺すような消毒液の匂いが満ちている。

 磨き上げられたリノリウムの床は、ヒールの硬い音をカツ、カツと冷たく反響させ、そのたびに足元から温度が奪われていくようだった。

 都内でも指折りの設備を誇る大学病院、そのさらに奥にある特別棟。

 重厚なセキュリティゲートを二つ抜け、専用のエレベーターで上がった最上階は、下の外来病棟の喧騒が嘘のように静まり返っている。

 すれ違う看護師たちは皆、音もなく滑るように歩き、私を見ると恭しく、けれどどこか事務的な会釈をして通り過ぎていく。

「……ここに来ると、息が詰まりそう」

 誰に聞かせるでもない呟きが、白く塗り込められた壁に吸い込まれて消えた。

 ここは、征也が母のために用意してくれたVIPフロアだ。

 一泊数十万円は下らない個室に、二十四時間体制の看護、海外から招かれたという専門医チーム。

 母の命を救ってくれた夢のような環境。

 けれど、その過剰なまでの警備と静寂は、ここもまた、あの屋敷と同じく天道征也の手のひらの上なのだと、私の肌に突きつけてくるようだった。

「莉子様、お待ちしておりました」

 病室の前に立つと、専属の看護師長が柔和な笑みを浮かべて迎えてくれた。

 非の打ち所のない立ち振る舞いだったが、その笑顔はどこか精巧な仮面のように貼り付いていて、目の奥までは笑っていないように見える。

「母の容体は、どうですか」

「順調ですよ。今日は顔色もよく、朝食も半分ほど召し上がりました」

「そうですか……よかった」

 胸を撫で下ろす。

 けれど、ふとした違和感が指に刺さった棘のように引っかかった。

 先週来た時も、その前も、彼女の報告は判で押したように同じだ。「順調です」「変わりありません」。

 具体的な数値や、今後の治療計画について尋ねようとすると、いつもやんわりと、けれど拒絶の意志を感じさせる手際ではぐらかされてしまう。

 考えすぎだろうか。素人の私に説明しても分からないと思われているだけなのかもしれない。

 私は自分の中の小さな澱(おり)を無理やり沈め、ドアノブに手をかけた。<
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